【人間・親子関係】自分の行いが恥ずかしくなりました

2024年フランス 母の日のメッセージカード 

フランスの母の日、
メッセージカードの中に
嬉しい言葉がたくさん書いてありました。  

折り紙が折れないというので
代わりに折ったら、

 「はい、それママの。
キッティーちゃんの折り紙のブレスレット」
と 笑。

キティーちゃんのことを
次男は最近覚えたばかりで、

微妙に発音が違いますが
興味を持ってくれて
嬉しい限りです。

まだまだ私にプレゼントを贈り足りないんだそうです。 

2024年フランス 母の日のメッセージカード

約10個ある質問に答えていく形で
メッセージを書いてくれていたのですが

「ママが嬉しいことは、どんなこと?」
という質問に

「ぼくが宿題をすること」
と書いてありました。   

う、うん、 
そ、それは 
ま、まあ確かに嬉しいけど・・・   

恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになりました。

学校から帰宅後、
すぐ遊ぶ次男に  

宿題しなさーーーーーーーーーい

と、いつも言うからだろうな。   

宿題しなさいって言ったところで
宿題をしてくれた試しがないとわかっているのに
使ってしまうこの言葉。 

私が子どもの立場として、
一番やる気を削がれるこの言葉。 

自動化してしまっている言葉。


・・・恥ずかしくなりました。



さあ来週からなんと声がけしようか、 
(嬉しいことは 
 宿題をしてくれること 
 以外にもたくさんあるよーーーー
 (さて何からどう取り組もうか・・・))   

今日も元気で嬉しいな
と毎日言おうか

はたまた

今日もご飯いっぱい食べてくれて嬉しいな
とでも毎日言おうか    

ひとり作戦会議です。

あなたがいつも使うその言葉、
大切な人の中に残したい言葉ですか?

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